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岡山地方裁判所 昭和51年(ワ)253号 判決 1979年2月26日

原告

福田力

被告

株式会社ライフサンヨー

ほか一名

主文

被告姫野皎は原告に対し、金一五〇万三四〇二円及びそのうち金一三六万三四〇二円に対する昭和五〇年二月一二日から、金一四万円に対する昭和五四年二月二七日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告姫野皎に対するその余の請求及び被告株式会社ライフサンヨーに対する請求をいずれも棄却する。訴訟費用中、原告と被告姫野皎との間に生じた分はこれを五分し、その四を原告の、その余を同被告の各負担とし、原告と被告株式会社ライフサンヨーとの間に生じた分は原告の負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し、各自金一四三七万二三二九円及びこれに対する昭和五〇年二月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  交通事故の発生

昭和五〇年二月一一日午後三時二〇分頃、山口県熊毛郡熊毛町大河内一九九二番地の二先国道二号線上において、訴外下山公生運転の普通乗用自動車(下山車という)に原告が同乗し、訴外江本淳運転の普通乗用自動車(江本車という)に追従して徳山市方面に向けて進行中、同市方面から対向してきた訴外里村秀一郎運転の単車がセンターラインを超えて江本車前部と正面衝突し、次いで下山車は江本車に追突し、そのため原告は傷害を受けた。

2  原告の受傷

原告は、頭部外傷Ⅰ型・頸部捻挫症・右膝部打撲症の傷害を受け、昭和五〇年二月一一日から同月一六日まで、山口県光市所在の光中央病院に入院し、同月一八日から昭和五一年二月六日まで岡山市内の荻野整形外科診療所及び中島内科神経科医院に通院して治療を受けた。右同日症状固定し、後遺障害として頭痛・注意集中力低下・眼窩部痛・動揺感等の症状を残した。右は自賠責てん補基準の第九級に該当する。

3  被告らの責任

(1) 訴外下山は、下山車を運転走行中前方注視を怠り、かつ安全運転義務に違反した過失により、本件事故を惹起したものである。

(2) 被告姫野は、当時「タイムライフ中国販売」なる名称でタイムライフ社の出版物の販売業(個人営業)を営み、岡山市に本店を、倉敷市・福山市・広島市に各支店を設け、岡山・広島・山口の各県下を営業範囲として、主に学校や県庁・市役所等に販路を開き、各店に従業員数名ずつ(大部分は外交販売員)を配置し、訴外下山をその従業員の一人として使用していたものである。

また、本件事故は、前記本・支店合同による山口県下出張販売強化計画に基き、従業員計一三名が自動車に分乗し、原告もその一員として下山車に同乗して目的地に向かう途上に発生したものであるから、被告姫野は下山車を自己のために運行の用に供していたことが明らかである。

したがつて、被告姫野は、自賠法三条及び民法七一五条により、原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(3) 被告株式会社ライフサンヨー(被告会社という)は、本件事故の数か月後、被告姫野が代表取締役となつて設立されたものであるが、被告姫野の個人営業である前記タイムライフ中国販売をそのまま法人組織化したものであつて、営業目的・範囲・規模等にも変動はなく、実質的には全く同一視することができる。このような場合被告会社は、営業譲渡による併存的債務引受に準じ、被告姫野と連帯して本件事故による損害賠償債務を履行する責に任ずべきものである。

4  原告の損害

(1) 療養費 九万八二八〇円

前記荻野整形外科及び中島医院に対し治療費合計三万円を支払つたほか、通院治療のための交通費として四万一七八〇円、はり治療代に六一〇〇円、眼鏡購入のため二万四〇〇円を支出した。

(2) 逸失利益 一二一〇万一五四五円

(イ) 原告は、当時前記「タイムライフ中国販売」の従業員として、事故直前三か月間の平均日収四四三二円を得ていた。前記入・通院のため、昭和五〇年二月一二日から同五一年二月六日まで三五八日間の休業を余儀なくされ、一五八万六五二四円の収入を失つた。

(ロ) 原告の後遺障害は、前記のとおり第九級に該当する。賃金センサス昭和五〇年第一巻第一表によれば男子労働者三五歳以上三九歳以下の平均年収は二〇五万五六〇〇円であり、原告はこれを上廻る年収を挙げ得た筈のところ、右後遺障害により、少くとも事故後一五年にわたり労働能力の三五パーセントを喪失したとみられるから、右年収額に〇・三五及びホフマン系数一〇・九八一を乗じ、将来の逸失利益の額は一〇五一万五〇二一円となる。

(3) 慰藉料 三四一万円

前記入通院期間中の苦痛に対し八〇万円、後遺症による苦痛に対するものとして二六一万円が相当である。

(4) てん補 二五三万七四九六円

被告会社から損害賠償の内金として二一万七四九六円、自賠責保険から休業補償等として一六〇万円、後遺症補償として七二万円の各支払を受けた。

(5) 弁護士費用 一三〇万円

本訴提起のために要した弁護士費用のうち、上記(1)ないし(3)の合計額から(4)を控除した残額の約一〇パーセントに相当する一三〇万円を、被告らに負担させるのが相当である。

5  結語

よつて、被告らに対し、各自右4の(1)ないし(3)及び(5)の合計額から(4)を控除した金一四三七万二三二九円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五〇年二月一一日以降完済まで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する答弁

1  請求原因1は認める。

2  同2は不知。後遺障害についての主張は争う。原告主張の症状は心因的なものか、又はその特異体質(中耳炎に罹患している)に由来するものとみられるし、その程度も自賠責一四級(一〇号)相当とみるのが妥当である。

3  同3の(2)のうち、被告姫野が使用者及び運行供用者であるとの主張を否認し、その余の事実は認める。訴外下山らは、名は従業員であつてもその所得のほとんどは歩合給から成り、税制上も経費の控除が認められているのであつて、実質的には独立した営業者であり、被告姫野がその使用者というのはあたらない。また、訴外下山や原告らは、自己の営業上の判断に基き、山口県下への交通手段として下山車を利用した(なお、原告はそのガソリン代の一部を自ら負担した)のであつて、被告姫野の指示によるものではない。いわば、原告らが利潤を挙げるための準備として同地に赴きつつあつたのであるから、その運行の利益は原告ら自身に帰属し、被告姫野には運行利益、運行支配ともになかつたものである。

4  同3の(3)のうち、被告会社の営業目的は認めるが、その余の主張はすべて争う。被告会社は事故後新たに設立された会社であり、本店所在地・営業範囲・規模ともに従前の企業とは異なり、特約店契約や税法上の処理その他すべてにわたつて新規の存在である。

5  同4の(1)は不知、同(2)のううち原告の事故前の日収及び休業期間のみを認め、その余は争う。同(3)及び(5)も争う。同(4)のうち、原告主張の二一万七四九六円は損害賠償として支払つたものではなく、原告への貸付金である。なお、逸失利益の算定にあたつては、原告が前記のとおり独立の営業者であるところから、収入を挙げるに必要な経費が控除さるべきであり、その額は収入額の四〇パーセントと評価するのが相当である。

三  抗弁

仮に被告らに何らかの責任が肯定されるとしても、前述のように、下山車の運行による利益は原告に多く帰属したとみられるし、原告と訴外下山との親しい間柄から特に選んで同乗したものであるから、右の事情は損害の額を算定するにあたり十分に斟酌さるべきである。

四  抗弁に対する答弁

右主張は争う。山口県下への出張販売強化計画は、被告姫野が従業員各人に対し自動車の使用(自動車を所有しない者に対しては同僚の車への同乗)を指示して行なわれたものであるから、その主張はあたらない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  原告主張の日時・場所において、主張のような交通事故が発生したことは、当事者間に争いがない。

二  原告の受傷の程度について検討するに、成立に争いのない甲七号証の一ないし六、八号証の一ないし八及び原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は右事故により、頭部外傷Ⅰ型・頸部捻挫症・右膝部打撲症の傷害を受け、昭和五〇年二月一一日から同月一六日まで山口県光市内の光中央病院に入院し、次いで同月一八日から翌五一年二月六日まで岡山市内の荻野整形外科診療所及び中島内科神経科医院に通院して治療を受けたことが認められる。また、成立に争いのない甲一号証の二、同六号証、同九号証及び原告本人尋問の結果(一、二回)によれば、昭和五一年二月六日、原告は両眼窩上部・下部・三叉神経第Ⅰ枝出口に圧痛があり、脳波検査で低電圧速波がみられ、過呼吸により高振幅徐波が出現する等の他覚症状及び頭痛・動揺感等の自覚症状が後遺障害として固定したことが認められる。一方、原告及び被告姫野各本人尋問の結果(いずれも二回)によれば、原告は同年四月頃以降、勤務先は二、三変つたものの一貫して図書の外交販売に従事し、従前と大差のない収入を得ていることも窺われる。これらの事情を総合して、原告の後遺障害は自賠責てん補基準別表一二級に該当すると認めるのが相当である。

三  次に、被告らの責任について判断する。

(1)  本件事故は、訴外下山公生運転の自動車に原告が同乗中、同車が他の自動車に追突して発生したものであること、被告姫野は当時個人として「タイムライフ中国販売」なる名称で出版物販売業を営み、岡山県及び広島県に本・支店四店をおき各店に従業員数名を有していたこと、原告や右下山は被告姫野のもとで外交販売に従事していたこと、本件事故当日、右「中国販売」の本・支店合同による山口県下出張販売強化計画に基き、従業員一三名位が各自自動車に分乗し、目的地に向かう途上にあつたことは、いずれも当事者間に争いがない。被告らは、右下山は独立の営業者であり、下山車の運行は同人や原告の利益のためであつたと主張するけれども、成立に争いのない甲五号証の一、二、証人大森忠雄の証言及び原告・被告各本人尋問の結果(一回)、右原告本人尋問により成立の真正を認める甲三号証の一を総合すると、被告姫野は岡山・広島・山口県下においてタイムライフ社の出版物を独占的に販売する権利を有してその販売業を主宰し、外交販売に従事する者を募集して前記のように各店に配置していたこと、対外的には「株式会社中国販売」等の名称を使用し、部課制を設けるなどし、販売員らも多くは会社に在職するものと信じていたこと、待遇面では、一部固定給の部分もあるが大半は歩合給であり、各人の月間売上高に所定の率を乗じて算出し、毎月一回支給していたこと、本件当日の山口県への出張は、同県下への販売を強化するため、同被告を中心とする幹部らの計画に基き、宿泊費及び旅費の一部を負担し、下山ら販売員多数の参加を求めて行つたものであることが認められる。右のような事実関係からみて、下山車そのものは訴外下山の所有であるとしても、当時その運行は被告姫野の支配下にあり、運行の利益もまた多く同被告に帰する状況にあつたのであつて、結局、同被告は同車を自己のために運行の用に供していたものと認めるのが相当である。よつて、同被告は自賠法三条により、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する義務がある。

(2)  原告は、被告株式会社ライフサンヨーが被告姫野の右債務を引受けたとみるべき旨を主張し、その根拠として商法二六条を援用するもののようである。しかし、被告会社が本件事故後新たに設立されたことは争いがないところ、姫野の個人営業当時とはその商号を異にすることが明らかであるから、商号の続用を前提とする右主張は採ることができないし、その他、被告会社に責任を帰せしむべき理由は見出し難い。

四  そこで、原告の蒙つた損害の額について検討する。

(1)  治療関係費 九万八二八〇円

前掲甲一号証の二、成立に争いのない甲二号証の一ないし一六及び原告本人尋問の結果(一回)によれば、原告は前記通院等に対する診断書作成料等として合計三万円、通院のための交通費として四万一七八〇円、はり治療の治療代として六一〇〇円を支出したほか、視力低下のため眼鏡が必要と診断されその購入費二万〇四〇〇円を支出したことが認められ、これらはいずれも本件事故と因果関係のある損害と認められる。

(2)  逸失利益 二五〇万五九七三円

(イ)  原告が当時一日平均四四三二円の収入を得ていたこと及び本件事故により三五八日間休業したことは当事者間に争いがない。前掲各証拠にあらわれた原告の業務内容に照らし、右収入を挙げるため、交通費等の必要経費として一五パーセントを要したものと推認されるから、右休業による逸失利益は次式のとおり、一三四万八六五七円となる。

4,432円×(1-0.15)×358=1,348,657円

(ロ)  成立に争いのない甲四号証の一によれば、本件事故前六か月間の原告の平均月収は一五万八二〇六円であつたことが認められる。前記のとおり、原告の後遺障害の程度は自賠責後遺障害等級表一二級相当と認められ、その労働力は一四パーセント程度低下し、右低下の状態は事故後五年(六〇か月)は持続するものと推認される。その間、原告の収入は物価上昇等に比準し少くとも一五パーセントは上昇するものとみられ、一方、前記のとおり、必要経費もその一五パーセント相当と推認されるから、原告の労働力低下により失つた利益の現価は、中間利息を控除して次のとおり一一五万七三一六円となる。

158,206円×(1+0.15)×(1-0.15)×0.14×53.4545=1,157,316円

(3)  慰藉料 二〇〇万円

前記入・通院期間中に受けた苦痛に対し七〇万円、後遺障害による苦痛に対し一三〇万円の合計二〇〇万円をもつて慰藉するのが相当である。

(4)  減額

前掲大森証言、原告及び被告姫野各本人尋問の結果(各一回)によれば、原告は山口県下への出張を指示されたが、その方法についての格別の指示はなく、列車・自動車等の利用は各自に任されていたところ、原告はたまたま訴外下山と比較的親しい間柄にあつたことから、同人に頼んで同乗したものであることが認められる。また、同県下での販売拡張計画が被告姫野の裁断にかかり、それによる利益の多くが同被告に帰するものであつたとはいえ、原告もまた歩合給の増加による利益が見込まれ、参加の実益があつたことも否定できない。これらの事情に照らし、本件事故による損害の全額を同乗被告に帰せしめることは妥当ではなく、その二〇パーセントは原告側の事情によるものとして控除するのが相当である。

(5)  てん補

原告が自賠責保険及び任意保険から合計二三二万円のてん補を受けたことは原告自ら主張し、被告らも明らかに争わないところである。原告は、右のほか被告会社から二一万余円の弁償を受けたと主張するけれども、これについては被告らは貸金であるとして趣旨を争うので、二三二万円のみを損害額から控除する。

(6)  小括

上記(1)ないし(3)の合計額四六〇万四二五三円から、(4)のとおり二〇パーセントを控除し、かつ(5)の二三二万円を控除すると、一三六万三四〇二円となる。

(7)  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告は被告姫野が任意の弁償に応じないため、表記訴訟代理人に本訴の提起を委任し、報酬の支払を約したことが認められる。審理の経過等に照らし、同被告に対しては右(6)の金額の約一〇パーセントである一四万円を負担させるのが相当である。(なお、原告が着手金等の支払を了したことの主張立証はないから、同被告の支払義務は本判決の言渡しによつて現実化し、その翌日から遅滞に陥るものと解する。)

五  よつて、被告姫野は原告に対し、前記四(6)及び(7)の合計額一五〇万三四〇二円及びそのうち(6)の一三六万三四〇二円については本件事故発生の翌日である昭和五〇年二月一二日から、(7)の一四万円については本判決言渡の翌日からそれぞれ民法所定年五分の割合による遅延損害金支払の義務があり、原告の同被告に対する本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、また、被告会社に対する本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田川雄三)

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